youkantoe

創作について思ったこと(2018)

2020 / 5 / 6

なにか作っていて、本当にこれは僕の作ったものなのかなと思ってしまうときがあります。

僕自身が作ったなにかに対して、僕が薄汚れて、小汚く思えるというか、とても嫌らしい存在だなって思うときがあります。

なぜかと言われても難しいのですが、きっと、僕は僕の理想とする作品を作るけども、僕自身の力や何かが足りなくって、無理をして、背伸びして、作品を作っているのだと思います。

だから、作品を作るときに、なんだも疑って、ずっと疑って、その先に見えた何かをみんなに見てもらいます。

なので、僕自身は薄汚れた疑いのなにかしか持っていないただの石ころのような存在に成り果てているのですが、僕はそれはそれでしょうがないのかなって最近思います。

きっと、もっとセンスがあれば、もっと自分を追い込まずに作品を作ることが出来るのだと思いますが、僕には、そこまでのセンスなど持ち合わせていないので、できるだけ自分の考えを疑って、いじめて、否定的になって、その先に見える何かを目指しています。

結局、何かを作っても、それが心に届く人なんてごくわずかだと思っていますし、そして、僕以上に良いものを作る人などたくさんいることも知っています。それでも、なぜ作るのかと言われて、明確な答えを言えるほど、しっかりとで人間でないのですが、きっと、Twitterでほめられたかったり、自分の気持ちを昇華したり消化したかったり、単にアイデアを試したかったりとか、そんなです。

結局、何かを作っても、何も意味のないことであるのかもしれません。だから、辞めてしまえばいいのかもしれません。辞めてしまっても、ごく一部の人を除いて、誰も僕のことなんて気にもとめないかもしれません。同じように時間が過ぎていくだけだと思います。

以前、リアルでyoukanくんは、そんなにがさつな感じなのに、どうしてそんなに繊細な感じの作品を作れるの?って言われたことがありましたが、僕のもわかりませんね..。他の人が外から見ている自分と、僕が見ている僕自身は、思ったよりも違うのかもしれないし、もしかしたら僕が勘違いしているだけかもしれないし、または、みんなが僕の中にある何かを知らないのかもしれないですね。

それはともかく、何かを作って、それで反応をもらってというのは、ある意味ですごく空虚なものなのだと、はじめから知っていました。ただの自己満足でもあります。

その一方で、僕にも願いというか、思いもあります。

僕は、なんと言われようと、僕の心の中に巣食っているなにかが抽出されたものが、作品ではないのかと言う気持ちも強く持っているんです。

僕の中にある、何かを感じてもらいたいっていうエゴのようなもの、すごく気持ちの悪い書き方だと、僕の中にある良いも悪いも含めてごちゃごちゃになった、この感情を昇華させてあげたいと思っているのかもしれません。

報われなかった思いも、苦しいと思いながらそれに耐えなければならなかった経験も、失ってしまったなにかも、それもひっくるめて僕の感情であると、それが僕自身であると、僕の作品が証明してくれるのではないかとも思ったんです。

僕は、R18系のものも、二次創作もしません。なぜかというか、端的に書いてしまうと、女性をコンテンツとして見立ててエンターテイメントとしていることが嫌いなのと、人の創作はその人だけのものだと思っているからです。僕は、人が楽しいと思うのは、どうしても性的なものであったり、依存傾向の高いものであったり、人を倒したりといった直接的なものになってしまうと思っています。

でも、僕はそうした娯楽が嫌いだったので、わざわざ作ろうと思いません。ポケモンをしていても、なんで戦わないといけないんだろうとか、どうしてLvをあげないといけないんだろうとか、なんでポケモンを集めないといけないんだろうとか思っている人間なので、どうしても楽しめる娯楽が限られてしまいます。

僕は、人を楽しませるために最適化された娯楽がとても苦手で、嫌いなのだと思います。それは、その最適化された娯楽が人を不幸にしてしまうことがあると思うからです。パチンコやゲームなどでは、いつも依存症というものが問題になります。そして、それが個々人の責任の問題のように捉えられてしまうことが多いように感じるのですが、僕はそれが嫌でたまりません。

人を不幸にしておいて、それが娯楽と言えるのかと考えてしまうことが多いのです。もちろん、人によって捉え方は様々なので、難しいところですが、人を引きつけるために考えられたシステムや構造が嫌で、だからガチャも、戦闘も、Lvアップも、ランダム報酬も、アイテムをゲットする行為も、みんな苦手です。

だから、僕は僕の理想とするコンテンツを作りたいって思ってます。とても独りよがりで、とても意味のないものですが、僕は僕の作るものに嘘を付きたくないし、無理してそういうのを作らなきゃいけないなら、辞めれば良い立場にあるので..。

そんな作品たちを見てくれている人たちに、僕はとても感謝してるけども、その一方で、わからなくなってしまうときもいっぱいあります。結局、人の心に届いてないのではないか..、それはただの道の中に楽しげな何かがあって、それだけのただ一時の暇つぶしに過ぎないんじゃないかって思うときもあります。いや、もちろん、僕だって暇つぶしに人の創作を見ているときもあります。人の作ったものをきちん、誠意を持って、真剣に見たいって思ってるけども、それでも見れないときはいっぱいあります。

結局、空虚な行為で、池に石を投げて、その波紋を楽しんでいるだけの無意味な行為をずっと、続けているんじゃないかと思うこともあります。ただ、単に生きている時間を無駄にして、とるに足らないものを量産しているだけではないかと思うときもあります。

それでも、僕は、作品を作っています。だから、馬鹿だなぁっていつも思うのですけども、本当に諦めが悪いというか、間抜けだなぁっていつも思います。

それでも、僕は僕の中にある、なにかかけらのような何かが、光ってくれて、それ自身の良さを見せてくれるときを待ち続けている気がします。

僕の中にある、なにかとても根本に根ざした何かのようなものが、きっと、今までの苦労を報いてくれると信じたいのだと思います。

だから、創作をしているのかもしれません。

おわり。